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2016/10/21

N市ぶらぶら編 其の二

伊文神社を参拝してからは西尾市熊味町にある
久麻久神社へ行ってみました。

Dsc03289

この先は車が通れないぐらいの小道があるのみで
先には進めず。

駐車場の場所もわからなかったので
今回は階段前に車を止めてぱぱっと参拝することにしました。

Dsc03277

境内に上がると右手にこれまで見てきたものと比べると
イマイチ感が否めない龍の手水舎。

Dsc03279

左手には再建の碑。

Dsc03283

そして賽銭箱の上にどうぶつ消しゴムがありました。

Dsc03281

…って、何故?(;´▽`A``

参拝後に拝殿の屋根を見上げたところ、
三葉葵の紋がありました。

Dsc03286

徳川家の影響力はこの地にも及んでいたということでしょう。

ところでこの神紋。
その名の通り神社の紋章なわけですが
その起源は平安時代にまで遡るのだとか。

では徳川家が台頭し始めた戦国時代。
この三葉葵の紋が掲げられたであろうその時代以前には
一体どんな神紋がそこにあったのでしょう?

私、気になります!

というわけでその手掛かりを探しに
ここからほど近いところにある八ツ面山へ行ってみることに。

Dsc03291

そういえばその八ツ面山に沿って
市民病院前の交差点まで走っているこの道ですが、
その昔は名鉄西尾線と呼ばれる路線だったところ。

東は岡崎市中島町~同福岡町を経由し岡崎駅まで。
西は西尾市民病院前~西尾口駅~住崎~羽塚と経由し、
平坂熊野神社脇を通って平坂港まで繋がっていたそうです。

Dsc03293

地図で見るとほぼそのまんま道になっているのがわかるので
面白いです( ̄▽ ̄)

まあ、さすがに鉄橋は撤去されていますがね。

Dsc03294     この先の対岸に橋で繋がっていた

八ツ面山を通り過ぎてしまったので少し戻り、
山の中腹にある神社に到着。

Dsc03301

ハイ、久麻久神社です。
何故か先程参拝してきた神社と同じ名前。

同じ名前なら何か関連性があるのだろうと来てみましたが
参拝後に拝殿と本殿を見たところ、三つ葉葵どころか
神紋のようなもの自体が見受けられませんでした。

Dsc03303

国重文らしい本殿に至っては
鬼瓦まで付いていたのですが…。

Dsc03309     ちっこい三つ巴はたぶん違うのではと思うの

ご由緒書きもそれらしいことには触れておらず
結局分からず終いでした。

Dsc03304

ただ一つわかったことは
家康公が本殿を山頂から今の場所に移したのは
自分が頭上から見下ろされるのが嫌で…じゃなくて
山頂からの景色を独り占めしたかったからってことでしょうか?

まあ今は建物だらけでアレなんですが…。

Dsc03299

                        N市ぶらぶら編 おしまい

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